子育てをしながら仕事での夢も実現。周りとの関わりを変えていくことでチャンスを掴んでいった。

幼少期から自発的にやりたいことにチャレンジし道を切り開いていった弥生(やよい)さん。

その原動力は「好き」という熱い想い。インタビューでは学生時代から現在の仕事まで、「好き」を学びや仕事に活かしながら、子育てなど状況が変わっても常にベストを尽くすという考え方で周りから応援されチャンスを掴んでいったエピソードについて聞きました。

弥生(やよい)さん

【PROFILE】大学ではポルトガル学科を専攻。在学中はロンドンの大学へファッションを学びに1年留学。卒業後は、アパレル系PR会社に就職。その後アパレル会社の勤務を経て、アパレル系ラグジュアリーブランドの営業職として入社。現在は育児をしながらアシスタントとして勤務中。Group Lessonには2013年10月から参加

インタビュアー 杏:Group Lessonメンバー。PR会社で営業職として勤務。2年前からGroup Lessonに参加。

スポーツジャーナリストになりたいと思い、学生時代はポルトガル語を勉強。

-今日はよろしくお願いします!弥生さんは3人兄弟の長女なんですよね。どんな子供だったんですか?

長女だったので、兄弟のお世話をしていて“お姉ちゃん“ぶっていました。でも、早生まれの為同学年の中では一番年下になるので、外に出ると一生懸命みんなについていっていました。

あとは、なんでも挑戦したいという感じの子どもで、自由に過ごしていました。

(左)弥生さんとご兄弟

そうだったんですね。学生時代はどんな風に過ごしていたんですか?

先に大学に目標を置いていたので、高校は通過点としてしか考えていなく、部活でこれをやりたいというのがなかったんです。

当時、目の前のことを楽しむと先がなくなると思っていて。「今ここで遊んでしまうと、時間が終わってしまうからその先を考えよう」と強く感じていていました。

-将来のことを考え、動いていたんですね。具体的にその当時どんな将来の夢があったんですか?

サッカーが好きだったので、スポーツジャーナリストになりたいと思っていました。記事の書き方を学んだり、記事を切り取って保存したりサッカー本を大量に買って勉強していました。好きになると、それしか見えなくなるんです(笑)

-おぉ!高校生の時にジャーナリストの仕事のイメージをして練習するのはすごいです!どんなところに惹かれて好きになったんですか?

サッカー選手のことを凄いなと感じると、その人の生き方や人間性について惹かれるんです。それで憧れてしまって。大体外国人の方なんですけど。

ー 2人 ははは(笑)

それで将来スポーツ選手に取材ができるようにポルトガルト語を勉強しようと思い、ポルトガル語が学べる大学を目標に設定しました。高校はその目標にしている大学に入ることができ、自由に楽しめる学校を選びました。

アパレル系PR会社を探し、直接企業に連絡する日々。そして入社へ。

その後大学に入り、ブラジルに留学するため学内の試験を受けました。

でも元々ポルトガル語ができる帰国子女の子たちが受かったということもあったし、実際にサッカーを私自身がすることはなく、サッカーを習っていて、スポーツジャーナリストを目指しているというわけでもないので、「私はミーハーなのかな?ミーハーとかは嫌だな」と感じるようになり、サッカーへの熱が冷めてきたんです(笑)

そして大学2年・3年生の時に将来のことを考えた際、自分の好きなことを仕事にしたいなと感じるようになったんです。当時ファッションや映画が好きだったのと、真面目な性格というのもあり、好きなものを伝える仕事に就きたいと思いました。

ファッションは勉強したら道があると思い、大学を休学して約1年ロンドンにあるファッション系の大学のコースに進みました。

(右)弥生さん。ロンドン留学時代に香港の友人とフェスティバルにて

-帰国後はそのまま就職活動をされたんですか?

はい、でもリクルートスーツが嫌すぎて、説明会に行くたびにどうしようって思っていたんです。この就職活動を続けていても上手くいかないんじゃないかと思い、それなら自分がやりたいことができる会社を目指した方が良いと思い途中で就職活動を終えました。

そして大学4年生のときに、ファッション雑誌に掲載されているファッション系のPR会社に直接電話したり、留学していたイギリスで行った課題を送ったりしていました。

そしたら、会ってくれる会社があり、「来月から来てね」と言われ3か月無給(インターンシップ)という形から入りました。

ーファッション系のPRは具体的にどんなお仕事なんですか?入社して仕事はどうでしたか?

雑誌社への掲載獲得がメイン業務で、洋服の貸出しや展示館案内、ファッションイベントなども行います。

入社したらすぐにファッションブランドの会社を担当することになり、とにかく毎日必死でした…!今思うと、この厳しい経験があったからこそ、今に活きているんだなと感じます。

ーそして、2社目はアパレル会社に転職されたんですよね。

はい、ちょうどその会社がこれから新規でニューヨークのブランドを出すということと、私がコレクションの同行経験もあるから良いんじゃない?と転職エージェントに勧めて頂きました。

それで「いいな」と感じ、とんとんと面接に進み、採用して頂きました。そして3年経って、ある大きなイベントを終えた時に「やりきった」と感じて、他の仕事を探していたんです。

そんなことを考えていた時に、ちょうど1社目の会社の上司が別の会社に転職していて、その会社の営業のトップの方がアパレル系のラグジュアリーブランド(現在弥生さんが勤務している会社)のCMO(最高マーケティング責任者)になっていて、当時の上司の紹介で面接を受けました。

期待を超えていくこと。

ー新卒入社した会社の上司の紹介で転職面接をうけられたんですね!

はい、当時の上司が私のことを数字に強く、記憶力もいいと思って下さっていたみたいで。それでその上司から「営業をやってみたら?CMOのことが私は好きだから、あなたも一緒に働いてほしいと思ったのよね。」と言ってもらって。

今までは営業は苦手だと思っていたんですが、ふと数字は世の中で大事だと思いだして。数字という厳しいモノを取り扱うことで将来の枠も広がるんじゃないかと思ったんです。

この会社を紹介してくれた前職の上司とは、よく一緒に仕事をして尊敬していました。今考えたら関係性なんだと感じました。とにかく上司が期待していたことを期待以上に返すしかないと思ってやっていました。

ー実際に営業をやってみてどうでしたか?成績もよかったと聞きました。

お客様であるセレクトショップのオーナーさんは売上に厳しいけれど、期待に応えたいという気持ちで仕事をしていました。営業成績は、ブランド力もあったし、運が良く助けられていたし、恵まれていたなあと感じます。数字は出ていたんですが、達成感はなくて。

※ファッションの大手セレクトショップのバイヤーさん、地方セレクトショックのオーナー兼バイヤーさんがお客様。セレクトショップなどに自社製品を卸すための交渉などを行う。展示会を開き、自社ブランドの注文をして頂き商品を納品し、セレクトショップでの販売数を高めてもらう。

だからなんとか自分でこうしたいという気持ちがあったんです。今のままだとブランドに力があるおかげで売れている感じがして…もっとわけがわかるようなものがほしいと思いました。

ーそうだったんですね。数字が当たり前に出るのもクライアントさんからも助けられ、応援された結果なのかなと感じました。普段はどんな意識をして仕事をしているんですか?

求められたことを期待以上にするということは仕事をする上で意識していました。いくらやっても足りないと感じていたので効率のことは考えずとにかく100%のことをやっていました。

ー素敵です、そんな弥生さんが真摯に向き合って下さるなんて嬉しいと思います。当時の上司との関係はどうでしたか?

上司は私を採用してくれた人だったんですが、当時結構色々と上司に言ってしまっていました。今考えると本当に申し訳ないんですが…。

目の前の現実は問題ばかりと感じていたし、自分だけやった気になって、上司の考えや想いが見えていなかったなと思います。その後、その上司が退職することになり、新しい上司が着任されました。

産休前だったこともあり、新しい上司とあまり仕事は一緒にできていなかったんです。その後産休明けに職場に戻ると、メンバーもガラリと変わり、上司の雰囲気も全然変わっていたんです。

産休復帰後、状況や環境が変わり、今までと同じように仕事を進めていくことができず、悩んだそう。後半では、そこからどんな風に考え、弥生さん自身が大きく変化し、周りとの関係性も変化したエピソードを紹介します。